昔は、日本の野次にもユーモアがあった

“たまに国会の野次について、「昔は日本の野次にもユーモアがあったのに。今はセンスがない。野蛮なだけだ。」なんて意見を聞きますが、私はこれを全否定します。ただの思い出補正です。「あのころは良かった」と嘆いている老人と同じです。
もしかしたら、昔はユーモアのセンスが良い議員が多かったのかもしれません。上手に皮肉った野次が多かったのかもしれません。しかし、だからなんだというのでしょうか?国会議員にユーモアのセンスは必要ですか?国会はエンターテイメントなのでしょうか?野次なんて、ユーモアがあろうとなかろうと野蛮な行為です。野次がユーモア次第で許される国会ならば、お笑い芸人が政治家になればいい。私はそう思います。まあ、実際に芸能人が簡単に政治家になれてしまうのが現実で、一番恐ろしいところなんですが。
国会で野次を飛ばすなんて、本当にとんでもないことなのですよ。不真面目、不誠実にもほどがあります。そんな議員は今すぐ辞めさせるべきです。
センスの問題ではないのです。ユーモアがあれば許される行為ではないのです。そのあたりを政治家の皆さんに再認識していただきたいと思っています。”

そもそも野次ってなんだ?

“野次という言葉を辞書で調べると、「他人の言動に対し大声で非難したり、冷やかしの言葉を浴びせかけること。および、その言葉」であるとしています。議会やスポーツ、劇場公演など、さまざまな場所で発せられるのが野次です。
私は野次を飛ばすという行為を、非常に低俗な行為だと思っています。議会にせよ、スポーツにせよ、劇場公演にせよ、野次を飛ばすことは許されない行為だと思います。スポーツや劇場公演で野次を飛ばせば、選手や演者のモチベーションを下げたり、他の閲覧者に不快感を与えます。よく少年野球なんかでも野次を飛ばす心無い人がいますが、子供相手になにを考えているのか、神経を疑います。野次られた子供は深く傷つきますし、その保護者も傷つきます。絶対に許せない行為です。
もし野次が許される場所があるとしたら、それはロックミュージシャンのライブくらいではないでしょうか?ロックのライブでは演者と観客のケンカなどよくあることです。しかし、これはそれも含めたエンターテイメントであるから許されるのであって、ある意味で双方の合意の上での野次ともいえます。野次であって、野次でないのです。
いずれにしても、野次を浴びせられた人間は冷静さを欠いてしまいます。どれだけメンタルが強かろうと、まったく動揺しない人はいないでしょう。そんな著しく冷静さを欠いてしまう行為を国会で行うということは、もはや国家への侮辱行為だと思うのです。決して許すべきではありません。”